もうだいぶヒトラーとナチスとドイツの歴史に詳しくなってきたので、ついにこの本を読む。W.L.シャイラー(1904-1993)による大作「第三帝国の興亡」全5巻(1960)を1961年東京創元社版で読み始めた。
The Rise and Fall of the Third Reich by William L. Shirer 1960
現在書店に並んでいるのは2008年松浦新訳版だが、自分が読んだのはなんと井上勇訳版だ。昭和36年に出たものなので相当に古い。この人はエラリー・クイーンやヴァン・ダイン、クロフツみたいな英米ミステリーの翻訳だけしてた人じゃなかったんだ。
この本が書かれた当時はまだ第二次大戦が終結して15年。この時代は戦争の傷がまだまだ癒えていない。誰もがナチスドイツとヒトラーを歴史として本にするには早いと考えていたらしい。シャイラー氏はその当時出回っていた本や保管されていた膨大な文書からこの本を執筆。当時はとてもよく読まれていた本だったらしい。
第三者の目線でドイツ国内やナチス内部で何が起こっていたのかを発見された資料から分析し、怒り呪詛し、熱く語る。
アドルフ・ヒトラーがまだ画家にもなれず建築家にもなれず何者でもない徒手空拳の痩せた青白い若者時代から書かれている。それどころか祖父の代から書かれているのだが、父アロイス・ヒトラーを祖父が認知しなければ、ヒトラーの名前はアドルフ・シックルグルーバーだった?!
ナチスの前身ドイツ労働者党の創業メンバーたちは反ユダヤで機関紙フェルキッシャー・ベオバハターに集う。ナチ党歌をつくった飲んだくれ詩人ディートリヒ・エッカート、錠前屋アントン・ドレクスラーはともかく、ヒトラーは「元浮浪者」、アルフレート・ローゼンベルクは「凡庸な知識人」、ユリウス・シュトライヒャーは「下劣なサディスト、有名な人妻泥棒」、ボディガードだったウルリッヒ・グラーフは「肉屋の見習い素人レスラー」など、その装飾説明枕詞からして酷評と罵倒の連続。(マックス・アマンは粗暴だが有能なオーガナイザーだとして貶してはいない)
そもそも何者にもなれなかった連中が国を憂いたりするな!というスタンスw 社会で成功できなかった負け犬にアメリカ人は厳しい。(成功者は現体制に満足してるので社会を改革しようとしないんだけど)
この本を映画化するとしたら、最初のクライマックスが1923年11月8日の晩、バイエルンの三頭独裁政治スリートップ、バイエルン総督カール、ライヒスヴェア司令官ロッソウ、州警察長官ザイサーを監禁したビヤホール・プッチ。
自分はこのシーンの映像作品をまだ見たことがなく、こんな感じだったのかと初めて知った。ルーデンドルフ元将軍は過去の名声が何の役にも立ってない。そして警官隊と発砲、衝突。
ヘス、ゲーリングは逃亡。レームら幹部は投降逮捕。しかしルーデンドルフは無罪放免。
ヒトラーは9か月たらずで釈放。その間に書かれた本が「我が闘争」。ルドルフ・ヘスが口述筆記。この本の実物を自分は見たこともないのだが、「第三帝国の興亡」第1巻では多く引用されている。そのすべてがプロイセンとビスマルクから受け継ぐ無責任な誇大妄想。たぶんローゼンベルクとエッカートからの受け売り?
著者シャイラーはフィヒテ、ヘーゲル、ニーチェをも批判。ドイツ人をやたらほめたたえた同時代人を批判。
1931年のヒトラーの側近たち5人がグレゴール・シュトラッサー、エルンスト・レーム、ヘルマン・ゲーリング、ヨゼフ・ゲッベルス、ヴィルヘルム・フリック。
このうち2人は粛清、1人はヒトラーと最期を共にして、あとの2人は戦後にニュルンベルク裁判を経て処刑。
(フリックって誰だっけ?と思ったら、ノイラートの後任としてベーメンメーレン保護領総督になってた人)
ヒトラー政権誕生前夜の政治劇はこの本を1回読んだだけじゃわからない。ヒンデンブルク、ブリューニング、シュライヒャー、パーペン、ヒトラー(シュトラッサー)の権力闘争。
パーペンとシュライヒャーは共和国時代最後の無能な軍人首相としか認識がなかったけど、海千山千の権謀術数のはてに敗れ去った者たちだったと知った。著者はみんなバカだと思ってるらしいけど。
この時代の政党は暴力団のようなもの。テロの応酬。ナチは政権に食い込んだ時点から凶悪なことやってた。プロイセン内相になったゲーリングが好き勝手やってる。多くの労働者を取り込んで一大勢力だった共産党は国会議事堂放火事件で壊滅。
権能付与法(全権委任法)を強引に議会で通過させる。老いたヒンデンブルクはもう抵抗もしない。各州政府の機能も喪失。社会民主党の議員たちも弾圧され党は消滅。バイエルンのカトリック人民党も解党。新たな政党をつくることも禁止。ナチだけが唯一の政党。
労働者は団体交渉権を失い労働組合も解散させ実業界財界を喜ばせたのだが、財界人も脅迫して企業をどんどん国有化。(自分、この本でドイツ再軍備に貢献したシャハト経済相の存在を初めて認識)
そして「長いナイフの夜」事件。(この名前は当時はまだ存在しなかった?一切出てこない)
ヒトラーやSSから邪魔になったSA幹部たちの大量粛清。身元がわかってるだけで116名が殺された。(1957年ミュンヘン公判では1000人以上が殺されたとされた)
SA自体はヤクザみたいなものだから自業自得かもしれないが、過去の恨みから殺された人、過去を知りすぎて殺された人、不道徳とされた同性愛者、粛清リストの名前と似ているだけで間違われ惨殺された人たちは憐れ。もうこの世の地獄。
そしてヒンデンブルク大統領は86歳で死去。ヒトラー(45歳)は首相と大統領を合わせた邪知暴虐の王(総統)になる。
この本、読むのに相当に苦労するかな?と思ったけど、予想外に読みやすい。わかりやすい。歴史の教科書で数行の箇所も詳しく活き活きと教えてくれる。引続き第2巻も読んでいく。
ドイツがめちゃめちゃにされてる間、ずっと軍はなにやってる?って思ってた。早い段階で戒厳令かクーデターでナチとSAの全員拘束とかしてくれたらよかったのに。
ヒトラーは約束という概念が軽い。相手を釣る手段にしかすぎなくて、相手を譲歩させればこっちのものぐらいにしか考えていない。後にほぼすべての約束を反故。
これは今の中国ロシアにも当てはまる。ナチを増長させたのは国内の野党勢力もそうだったのだが国際社会が結束できなかったから。世界は一丸となってまずロシアの子分ベラルーシを集中的にやっつけるべき。
0 件のコメント:
コメントを投稿