スタジオジブリ制作のアニメーション映画「アーヤと魔女」(2021)が昨年末にNHKで放送されたので録画しておいたものを今になってやっと見た。
原作はダイアナ・ウィン・ジョーンズによるファンタジー小説。企画は鈴木敏夫と宮崎駿で監督は宮崎吾朗の親子共同作品。脚本は丹羽圭子。スタジオジブリ初の3DCGアニメーション作品。これもコロナによって公開が遅れた映画。音楽は武部聡志。
いきなりあおり運転シーンから始まるとか嫌だ。英国の孤児院(たぶん教会修道院)に赤ん坊が持ち込まれる。こどもを棄てる女がなんでそんなポジティブなんだよ。
10歳になった孤児アーヤ・ツールは同じような子どもたちと仲良く孤児院生活をおもいっきりエンジョイ。夜中に子どもたちがシーツかぶってお化けごっこしてるのを見てビビるお爺さんとかいないと思う。
この子が大人が子どもに求めるものを知り尽くしてる。園長先生に気に入られる振舞を知っている。
そしてアーヤにもその日がやってくる。魔女ベラ・ヤーガ(女優帽、牛のような体型)とマンドレーク(やせ型、ループタイ)がやってくる。あきらかに人相が悪い。シャーロック・ホームズに出てくる悪党たちのような風貌。
こんな夫婦に引き取られることは誰だって拒否したい。明らかに児童虐待インシデント予備軍。孤児院側がしっかり審査しろよ。断れよ。アーヤ「よーし、負けるもんか」
英国の田舎町らしい品の良い庭付き一軒家に連れていかれる。ドブネズミの骨を砕いて粉にすることを命じられる。怒鳴られこき使われる。ベラは近所の婦人たちから魔法や呪文を注文で受けている?!
アーヤは家の中を探検。扉がなくなったりして出られなくなったりする。そんなデカい家だったのか。
アーヤの眉毛が細く釣りあがってる。どんどん人相が悪くなる。三白眼四白眼喜怒哀楽表情が良い。日本人の子どもはしない表情だけど。
90年代英国では田舎町にもラジカセがあったのか。たぶん今の子どもたちはカセットテープの使い方がわからない。巻き戻しとか意味がわからないに違いない。
子どもがこき使われるだけで全然爽快なシーンがやってこない。見ていてイライラする。
だが、黒猫トーマスが喋れることが判明。いっしょに魔法呪文薬品あんちょこを見て反撃計画開始から楽しくなってきた。ベラを呪う人形を作って泡吹かせる。青いミミズが毒蛇みたいで怖すぎる。
日本の子どもが見るアニメにしては英国文化がリアル。日本人がつくったアニメと思えない。子どもと大人の関係が日本とまるで違う。そのことをわかってないとマンドレークおじさんの態度が違和感しかない。
この映画を見た誰しもが「え、終わり?!」と言う。原作が未完の遺作なので致し方ない。自分としてはむしろこれで良い。勝手な改変が許されるはずもない。「こんなクオリティでジブリ作品を名乗って公開するな」とか言ってる人は、文豪たちの書く短編とか読んだことないのだろうか。え、終わり?!という作品はこの世にいくらでもある。
令和のアリス・イン・ワンダーランド。公開時から酷評も聞いていたのだが、自分としては期待以上に楽しく見ることができた。新しいものを見ることができた。
魔女の家に連れていかれた少女アーヤの恐怖体験。いや、べつにアーヤは怖がってない。英国の田舎が豊かな暮らし。
児童が監禁されこき使われているわけだが、見ていてそれほど悲壮感がない。むしろ狭い部屋に住み、満員電車に詰め込まれ、お互いの足を引っ張り合うギスギスした職場に通わなければならない日本の若者のほうがよほど虐待されているし不幸。
この少女は吾朗そのもの。大学で森林工学を学び一度はコンサルタント業についたものの、天才とも称される偏屈な父に、中年になってから弟子入り。だが、その匠の技を何も教えてくれない…という状況とオーバーラップ。
ラストが唐突。赤毛女とアーヤはあの家で偶然再会?!カスタード少年を交えてパーティー?
自分、この映画が人生でほぼ初めて見た3DCGアニメだった。今後の世代のこどもたちはこんなアニメを見ていくのか。
3Dモデリング担当スタッフがほぼ全員外注中国人だったことは気になる。これからの日本アニメはそれで大丈夫か?
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