映画「すばらしき世界」(2021 ワーナー)を見る。脚本と監督は西川美和。佐木隆三作「身分帳」を原案とする実在した社会不適合男をモデルにした人間ドラマ。おそらく役所広司ありきで始まった企画。西川監督にしてはめずらしく原作のある映画。
長澤まさみも出演しているので見る。一度失敗し道から外れた人間と社会の不寛容をテーマにした社会問題啓発型の意識高い映画。そこにどれだけエンターテイメント性を盛り込めるか?
これは見る以前から予想がついたのだが、暴力に頼ってきた男が刑務所を出てまっとうに生きようとしたらそれもできない…という話。おそらく全世界的に普遍性のあるテーマ。実際世界でそれなりに注目され評価された映画。西川美和はもうすでに大物監督。
欧米世界と比べて日本はとくに陰湿に異分子を排除しようとする傾向が強い…かどうかはわからない。そういうデータはない。
ただ、アメリカの公民権運動の歴史とかを見ると、こういう問題に取り組む立派な団体や政治家は目立つ。日本にも社会を改革しようという熱気を持った団体はどこかにいるのか。
主人公三上(役所広司)は人生の大半を刑務所で過ごした元ヤクザの殺人犯。すでに初老。刑務官医師から「まだまだやり直しが可能」と言われてもそれは虚しく響く。
上半身に刺青がある。隠したくても過去は隠せない。
いったい看守とか刑務官とかどういう人間がなりたいと思うのか?自分よりはるかに年上の人間にタメ口。
出所すると刑務所前のバス停から普通のバスでひとりで駅に向かうの?
この映画のもう一人の主人公津乃田は仲野太賀。たぶんフリーのライター。「身分帳」という個人の経過記録をめぐって番組にならないか?と吉澤(長澤まさみ)から仕事の依頼。三上は母親を探してる。この人は養護施設で育った。それはテレビのネタになりそう。
三上の身元引受人の弁護士(橋爪功)に会ってこいという指示。出所して最初のメシにすき焼きとか親切な夫婦。優しさに触れて泣く。弁護士同席で生活保護申請するとか頼もしい。だが元反社だと申請が通るかどうか。
三上は申請してる役所でぶっ倒れる。低血圧。病院で太賀が取材にやってくる。ファーストコンタクト。若い頃の武勇伝を語る。
ボロアパートでミシンがけ。こういうの刑務所で習うのか。自分もミシンが使えたら自分で何でも修理できるのに。
三上は自室で剣道の防具を縫う仕事をしたいと希望するのだが、今どきそんな仕事はない。人とトラブル起こしたくないなら、自分ならピレネーで木こりとかしたい。
やっぱり近所の質の悪いやつ(こいつも元ヤクザのチンピラで相手が素人なら強く出る)と大声でもめる。周辺住民から白い目と聴こえる声で嫌味。(ベトナム人?たちがわりと礼儀正しい)
北村有起哉が冷たい嫌なやつと思いきや、わりとまとも。(こんな親身な公務員いるのか)
運転免許事務の婦警が規則だからと冷たい。
刑務所にいる間に失効した免許をとるために教習所。教官も呆れ顔。だが、こんな運転するやつに免許を交付してはダメだ。
太賀の取材したビデオを長澤まさみディレクターに見せる。まさみはニヤッと笑う。番組になりそう。
焼肉屋でまさみの言うことが社会の本質を深く突いている。だがそれは三上を誘う甘い言葉。
焼き肉の帰りに三上は路上でチンピラとマジ喧嘩。ヘロヘロで体力がなくても相手をボコボコにするテクニックはある。まさみはカメラを回す。だが太賀はビビッて全力で逃げる。
「何やってんだよ!」自分も激怒だが、まさみも激怒。後ろに転倒してイテテテ。なぜか西川監督はこのシーンをたっぷりタメて見せる。「オマエ、終わってんな」まさみの声が低くて太くて怖い。
だが、予想以上にまさみ出演シーンは少なかった。予告編ではまさみシーンをばんばん流してたけど脇役。まさみだけがちょっと嫌な人。(下の階のチンピラが一番最低)
スーパー店長六角精児に万引き疑惑をかけられる。嫌な目で見られるが冤罪。ブチギレそうになるけど必死で耐える。
六角が予想外にしっかりした地域の名士。最悪な出会いなのに人間性が善良すぎる。三上の相談にしっかり乗るのに三上はヤクザの血がさわぐ。ブチギレる。けどやっぱり六角の言う事はまともだし態度も紳士。それを撥ねつける三上はダメすぎる。
生活保護を受けてる三上は早く働こうと焦る。免許を取りたいといっても、そういう補助は降りない。空回り。まっとうな社会人としての正論を吐く太賀とも口論。
イライラしてさらに酷い状況。昔のヤクザ仲間に電話。九州へ飛ぶ。白竜さんを久しぶりに見た。あんまり歓迎されるとかえってその後が怖い。キムラ緑子「今はヤクザで食っていけん」
だが、キムラさんもいい人。三上さんを立ち直るように説得。世の中にはこんないい人がいるのか。
三上はまっとうな人たちの腕を振りほどいてきたのだが、やっと太賀の説得に応じる。昔いた施設と連絡を取り三上の母を探してた。意外に真面目で正義の心のあるライターだった。
三上がこどもたちをサッカーに興じて泣きだすシーンは自分も涙。こどものころはただ楽しかったなあ。
日本はいま酷い社会だけど、やさしい人はいるんだよという人間ドラマ映画。だから「すばらしい世界」なのか。
三上は瞬間湯沸かし器なだけで弱者一般人に対しては優しい。凶悪犯じゃなくてよかった。
と思いきや、やっと就職した介護の現場で職員同士のイジメを目撃し血圧が上がる。やっぱりこの世界は酷いじゃないか。
またブチギレるのかと思わせて三上は必死で耐える。もう二度と過ちは犯さない。優しさは人を変える。太賀は聖人かよ。
普段からキレ散らかして周囲と軋轢を生んでいるおっさんはこれを見ろ!という映画。
三上の周囲がみんなよく出来た大人な人々。人はこうあるべき。他人に優しくあるべきという、西川監督が夢見る社会。社会問題啓発映画ならもっと暗いものにもできたのだが、西川監督は日本社会に期待と希望も持っているように感じた。
やっと幸せをつかんだかと思いきや、悲しいラスト。太賀の号泣嗚咽シーンには視聴者の誰しも涙。日本アカデミー賞助演男優賞も納得。役所さんも他出演者もみんな素晴らしい演技をしてた。
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