2021年2月11日木曜日

遠藤周作「海と毒薬」(昭和33年)

遠藤周作「海と毒薬」を新潮文庫版で読んだ。この本はわりと中高生にも読まれているようだが、自分は今回が初読。

戦争末期、九州の大学付属病院で行われた恐るべき米軍捕虜生体解剖実験を描いた小説だと聴いていた。なにそれ怖い。

トラックが砂ぼこりを巻き上げる東京郊外に住むサラリーマンが、同じ町にあるちょっと変わった開業医勝呂に、肺気胸の治療をお願いする。田舎医者にしては腕が確か。
同じ町のガソリンスタンド、洋裁店の主人もみんな戦争帰り。たぶん中支で数人は人を殺してる…かもと、男同士が銭湯でひそひそ話。昭和30年ごろの男たちは出会えば軍隊の話。そんな時代。

主人公は妊娠中の妻に代わって義理の妹の九州F市での結婚式に出かける。そこで医師という男に勝呂について知らないか?と聞いてみた。どうやら戦争末期に米軍捕虜虐待に関わって懲役刑をくらったらしい。

そして話は戦争末期の九州F市へ。なぜ「F市」?普通に福岡でいいだろ。小説として特定の市と大学名はまずかったのか。

連日の空襲で人々が死んでいく日々。大学病院で研究生勝呂は目の前にいる結核末期患者を診る。大学は学長選挙でざわざわしてる。勝呂の上司の第一外科では偉い人の親類が手術中に死亡。だが、手術中でなく後にベッドで死亡したことに取り繕う。それならマイナス評価にならない。
そして、新手法を試そうと思ってた末期結核患者も手術前にベッドで死んでいた。学長選挙でポイントを稼ごうと思っていたら目論見が外れた。なにその「白い巨塔」みたいな展開。

そんな中、軍部からの評価と信頼を得るために、米軍捕虜への生体実験の話が勝呂に持ち込まれる。この本で捕虜とされている米軍人は無差別爆撃機の不時着した乗組員?だとすると民間人虐殺をした段階で捕虜ではないはず。どうせ銃殺されるのだから、医学発展のために治験データにしようという発想?
もうすぐ「短期現役」に行くだろうと思っていた勝呂はもう日本も大学もどうなってもいいと投げやり。生体解剖実験に関わってしまう。

ここから何故か、満鉄社員と結婚し大連に渡った看護婦の回想。そして痴情のもつれ。橋本部長夫人ヒルダへの不満といら立ち。

そして、勝呂の同僚戸田の半生。先生に褒められることを見抜き行動してきた小学生時代、姦通により童貞を喪失した過去。良心の痛みと罪の呵責の心を失っていく。

医師たちによって手術台で人が殺されて行く様子が詳しく描かれる。恐ろしくてこんなの十代の子たちに読ませられない。
こういうの読むと人のカラダを切り刻む医学生ってある意味すごい。理系科目が得意だからと医学を志す高校生って、こういう物を読んで恐怖を感じないのか?

この本、あえてそうしているのか?構成がわかりずらい。なぜかそれぞれの目線で語られることが断片的。
大連から出戻った看護婦が誰なのか?浅井助手と情事を重ねてる看護婦は誰なのか?注意深く読んでいても確証が得られない。最後の方になって大場看護婦長と上田ノブの担架車を前にしての対決を読んでやっと一致できた。

勝呂は病院の屋上から海を見下ろし「いつか自分たちは罰を受ける」という。戸田は「こんな時代の医学部にいたから捕虜を解剖した。同じ立場なら誰だってやってる。」
そして後にどうなったか?など一切語られずにバッサリと終わる。結果は冒頭でF市で新聞記事を調査したときに語られてる。

小学生以来いつか読もうと思っていた本がやっと読めた。イメージしてたのとだいぶ違っていた。戦時における医師たちの罪と罰。ずっしり重く暗い。

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