2020年12月4日金曜日

R.F.ジョンストン「紫禁城の黄昏」(1934)

レジナルド.F.ジョンストン「紫禁城の黄昏」(1934)をついに読んだ。ずっと読む本リストにあった。
とりあえず1989年入江曜子・春名徹訳の岩波文庫版で読む。この版がじつは抄訳版。ベルトリッチ監督による「ラストエンペラー」の日本での公開が1988年1月。映画を見た人々から需要があったときに出版されたものだろうと推測。
TWILIGHT OF THE FORBIDDEN CITY by Reginald F. Johnston 1934
満洲国が誕生したのが1932年なので、この本が出版されたときすでに満洲国は誕生していて皇帝になろうという溥儀に世界的に注目と関心が高かった時期だろうと推測。ジョンストン氏が撮影した写真も掲載。

ジョンストン氏は1919年に溥儀の家庭教師帝師として紫禁城内部へ。ジョンストンと溥儀は師弟関係。儒教では皇帝の師には大きな尊敬が集まる。本来であればジョンストンは政治に関してもアドバイスを求められる重要ポスト。
帝師はジョンストン氏の他にもいた。すべて科挙を勝ち上がった伝説の受験生で伝説の予備校教師のようなもの。
貴族ですらもほとんどわからなくなっていた満州語の先生もついていた。

あれ?溥儀の父親醇親王が皇帝じゃないのはなぜ?溥儀は光緒帝の養子となっていたのか。ジョンストン氏は学友が必要だと提言。てっきり映画で一緒にいた子は弟の溥傑だと思ってたら違ってた。

映画では幼い2人が大総統が紫禁城にやってくるシーンを目撃してる。自分は民国大総統というと袁世凱しかしらなかったのだが、あれは黎元洪だったのか?馮国璋か?徐世昌か?ちょっとよくわからない。この本を読む間、ずっと調べたりしながら読んだ。

ジョンストン氏は中国語ができて清朝末期から民国までの中国の事情通で専門家。なにせ朝廷内部にいた唯一の西洋人。溥儀の婚礼の様子や太皇后たち、宦官たちについての記述が貴重。
延恩候(朱候)という明王家の末裔が清王朝によって生かされていたことを初めて知った。

辛亥革命によって清朝が滅んだのが1912年。王室は北京の紫禁城内部のみで民国の予算内で存続。自分、この本を読むまで民国政府と清国朝廷の間に清室優待条件という取り決めがあったって知らなかった。

この本はずっと民国大総統や国務院の将軍や政治家の名前が多く登場。清朝末期から民国は高校世界史でもしっかりやる試験に出る重要ポイントなのだが、自分はもうすっかり忘れている。

北京周辺は北洋軍閥が政治闘争と戦乱の時代。安徽派直隷派奉天派などなど。曹錕、呉佩孚、段祺瑞、張作霖、閻錫山、馮玉祥などの軍人政治家たちばかり。よほど中国史に詳しい人でないと知らないし、よほどしっかり受験勉強した人であっても忘れてる名前ばかり。民国では権力争いが盛ん。張勲復辟とか府院の争いとかも初めて知った。

映画にも描かれていたエピソードが散見される。宦官がしっかり張り付いてるとか、メガネをつけるつけないで反対に合うとか。
ジョンストン氏がやってきたとき紫禁城には宦官が1000人以上いたことが驚き。ジョンストン氏は宦官が不正横領してると怒ってる。放火事件も起こって多くの文化財級の宝物が焼かれた。

ジョンストン氏はデモしたりしてる学生や市民たちはソビエトのプロパガンダに影響された人たちだと言っている。そうだったのか。
1924年に溥儀は紫禁城を追い出される。映画ではみんなでテニスやってるところに兵士たちがやってきて追い出されるシーンだったのだが、実際は違ったようだ。
クリスチャン・ジェネラル馮玉祥が北京を占拠した北京政変。ジョンストン氏はずっと馮玉祥の悪口言ってるw こいつはクリスチャンじゃないって言ってる。

この本を読んでるとぜんぜん日本軍なんて出てこない。日本、どこにいるの?
で、紫禁城を追い出された溥儀が身を寄せたのが日本公使館。この本を読むとむしろ日本に良い印象。

これを読んで右寄りの人々はどこに怒る要素があるのだろう?と思って読み終えた。だが、巻末の用語解説的な箇所を読んで、ははぁ、これは確かに政治的に偏りのある本だわ…と感じた。
ジョンストン氏の記述を記憶違いと指摘し、典型的な植民地官僚で自分を大きく見せようとしてるなどの人格否定と批判。本書ではほとんど触れられていない日本の動向まで解説。

なのに、この岩波文庫版ではジョンストン氏が中国にやってくる以前の清国の歴史、第1章から第10章までを「主観的な色彩が強く前史的部分だから」とすべてバッサリカット。ええぇぇ…。
岩波文庫から16年後、渡部昇一監修、中山理訳「完訳 紫禁城の黄昏」(2005 祥伝社)上下巻が出た。
岩波文庫版が中国政府に都合の悪い箇所をすべてカットした酷い抄訳版だと主張し怒ってる人々にとって待望の書だったらしい。岩波文庫版を読んだ後にすぐこちらを読む。

渡部昇一が本の冒頭で岩波版の訳者の英語力にダメ出しして東京裁判史観だと怒ってるw
現在では東北部と呼ばれる満洲の土地は台湾と同じでシナ民族と関係のない土地だと怒ってる。
日露戦争で日本が戦わなければ東北部はまるっと現在に至るまでロシア領。たぶんブハラ(ウズベキスタン)と同じ運命。後にスターリンによってみんなシベリア強制労働で死滅。

上巻第4章を読んで清国の帝位は兄弟間や同世代では継承できない決まりがあったことを知った。だから溥儀は伯父の光緒帝の養子という段取りを踏んだのか。

1章から10章まで、義和団事件、康有為、西太后、変法運動の挫折、民国の権力闘争と混乱の歴史のおさらい。正直、1回読んだだけでは、よほど世界史で清朝末期と民国の歴史を勉強した人でないと、なんとなくしかわからない。
事実の正確性とかそういうことでなく、その時代に中国で過ごしていた西洋人がどう感じたかが重要。当時の英国人目線であることが重要。

第5章を読むと、西太后はシナ史上最悪の部類の反動的人物だとわかる。こいつさえいなければ光緒帝は明治大帝のようになっていた可能性が高い。後の日中の不幸な歴史もなかったかもしれない。

第6章「革命、1911年」は世界史を勉強する高校生におすすめしたい箇所。孫文も認める通りシナ人たちは共和制なんて誰も求めてなかった。北京周辺の人たちは君主制でよかった。シナ人は満洲人の奴隷でもなく自由があったし圧政に苦しんでもいなかった。民国になってむしろ混迷を深めた。
1912年2月12日隆裕皇太后が清室退位詔書を出して宣統帝退位。清朝は終わって共和国樹立。このとき朝廷が満洲に退いていれば…。

第8章「宣統帝と洪憲帝」も高校世界史のお勉強に最適。
岩波版が1章から10章までカットしたのはやりすぎだと感じた。やはり完訳版のほうが良い。

で、やっぱり岩波版でカットされた問題の第16章「君主制主義者の希望と夢」、ここは現在の中国政府もぜったいに自国民に読ませたくない好ましくない書。とくに外国人にこんなことは言われたくない…という辛辣な箇所。
「民衆に根強く残る君主制復活への願い」「満蒙帝国としてシナから独立する動き」「満洲人がシナに忠誠を誓う義理はない」「リットン調査団への重大な疑念」などなどのチャプターに別れている。

自分、岩波版を強く批判してる人たちは「そういう人」なんだろうと思ってた。だが、この第16章は中国にとって政治的に好ましくない事実とメッセージだからカットしたことは明白。

そもそもが1934年に左翼的なゴランツ社から出版された本。なのに、日本の復刻版がこういった箇所を意図的に排除してることは大問題。当時の知識人がバカなことを言ってるかどうか判断するのは読者。岩波書店は何か重大な過ちを犯して大切なものを失っている気がする。

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