角田房子「閔妃(ミンビ)暗殺―朝鮮王朝末期の国母」(1988)の平成5年新潮文庫版の平成13年12刷がそこにあったので手に取った。
自分はこの事件にも朝鮮の歴史にもまったく予備知識がなく読むのが辛いかもしれないと棚に戻した。だが、やっぱりほしくなって翌日同じ店に行ったらまだあったので購入。100円ゲット。昨年12月上旬ごろのこと。
角田房子(つのだ ふさこ 1914-2010)の本を初めて読む。この人は朝鮮史になんら詳しくなかったのだが、NHKの中田整一氏といっしょに池上本門寺に立ち寄ったさいに、そこに竹橋事件と閔妃暗殺の両方に関与した岡本柳之助(1852-1912)の墓があったことから色々と調べてみたらこの本ができたらしい。
閔妃暗殺事件とは、1895年10月8日(日清戦争が終わったのがこの年の4月)、李氏朝鮮第26代王高宗妃が王宮に乱入した日本軍守備隊らに殺害され、遺体を焼却されたおぞましい暗殺事件。乙未事変(いつびじへん)ともいう。
この事件は日本人にはあまり知られていないが韓国では何度も映画やドラマになって誰もが知ってる事件。著者によれば、日本でいったら「忠臣蔵」らしい。
まず驚いたのが閔妃にはファーストネームというものがないらしい。閔氏の閔致禄の娘という記録しかない。武田信玄の妻みたく出身氏族の名前しか伝わってなかったりするのと同じ?
ファーストネームを勝手につけてる小説もあるらしいけど、その作家に質問してみたら、そう信じてるだけでソースが何もないらしい。韓国人らしい。
そして朝鮮は19世紀後半になっても酸鼻を極めるキリスト教徒の虐殺をやっていた。そのことで英仏から強く非難。日本も尊王攘夷の嵐が吹き荒れたけど、儒教に凝り固まった朝鮮は西洋諸国と外交問題を起こしまくってた。
日朝関係は明治新政府発足時点の最初の段階からボタンの掛け違い。焦った日本はかつて米英にされたのと同じ方法で朝鮮を開国させた。江華条約だ。
そして、衛正斥邪論者の大院君(このひとは王の父というだけで権勢)と儒生たち。開国とか開化とか必要性を感じてない。こいつらが朝鮮を支配。大院君と息子の嫁閔妃とその一族のすさまじい権力闘争。朝鮮は儒教とシャーマンの国で依然中世。世界の孤児。
壬午軍乱では貧しい民衆も加わって閔一族と日本勢力を血祭。日本公使館が襲撃され花房義質公使は命からがら長崎へ逃げかえる。日本では朝鮮と戦争寸前の雰囲気。
このとき殺戮の最大のターゲットだった閔妃は逃げ延びた。
日本と争いたくない清国は大院君を天津に拉致。自分、このへんの朝鮮史を今日までまったく見聞きしてこなかった。だって学校で習ってないんだもん。
そして閔妃は気弱な高宗を差し置いて朝鮮の最高権力者。そして反対するものを許さない独裁者へ。自身と一族の権力ポスト確保のためだけに老獪さを発揮。貧しく惨めな国民は眼中になく、国の近代化にも何の役にもたってない。日本の過激な連中に殺されなくてもいずれ朝鮮の民衆に殺されていたはず。
自分、ほぼ初めて一冊まるごと朝鮮史のみを扱った本を読んだのだが、この本はとても興味深く面白く読めた。小学校中学校でくわしく学ぶ日清戦争の断片的知識が繋がった。東学党とか甲午農民戦争とか、用語として暗記してただけだった。
袁世凱は中華民国の大総統というイメージしかなかったけど、清国を代表して朝鮮に駐在する若く野心的な軍人だと知った。
当時の日本人のほぼすべてが日清戦争を、清国から長年いじめられてる弱い朝鮮を清から独立させる義戦だと思ってたらしい。
日本も酷かったけど蘭学を学ぶ人がいたのでまだマシだったのだが、朝鮮は長年の鎖国のせいで諸外国の情勢にちょっとでも詳しい人材がまったくいなかった。自分が想像していた以上に王も官僚も無能だった。
主要ポストは能力で選ばれるのでなく、貢献度と論功行賞。ちょっとでも逆らったら死刑。死体を河原にさらして切り刻むとかまるで中世。まともな人材がいないために日本と清の老獪な軍人政治家たちを前にズルズルと後退。
甲申政変が三日天下に終わった開化派金玉均を上海まで追いかけて暗殺するとか、閔妃はほぼスターリン。権謀術数の朝鮮の官僚政治家で天寿を全うできた人はまれ。
日清戦争での日本の勝利は朝鮮政府も予想してなかった。日本勢力がさらに強まるかと思いきや、三国干渉が発動。朝鮮での日本の威信が落ちる結果に。
三国干渉ってそういうことだったのか。日本はつい欲を出して失うものが大きかった。
これには閔妃も愉快でたまらない。朝鮮では以後、欧米勢力とロシアの存在感が増し日本は地位を失う。
そして三浦梧楼公使が危機感を持って朝鮮へ。この人は長州閥の予備役中将で軍人子爵。なぜ外交官でなく?この時点で陸奥、井上馨、三浦の陰謀が始まってる?
外相陸奥宗光は不平等条約改正にとりくんだ偉人のようなイメージでいたけど、日本の朝鮮における権益を拡張する野心に執念を燃やしてた。イメージ変わった。
角田氏は陸奥が裏で手を引いてるとまでは考えていないのだが、なんとなく予測はしていたかもしれないと推測。
陸奥は大津事件(1891)のときに津田三蔵を裁判では死刑にできなく政府が窮地に立ったとき「刺客を放って殺して病死したことにしよっか?」と提案して伊藤博文に窘められたという。陸奥はこういうことを言うようなやつ。かなり怪しい。
それに壬午軍乱のとき岡本柳之助と連絡を取り合っていたのに閔妃暗殺ではまったく無関係とかありえなくない?とも指摘。
実行部隊はみんな日本人の壮士や浪人たち。だが、誰もなんら処罰されずその後順調に出世してるのは異常。このことが後々に張作霖爆殺や満州事変などの暴走行為にもつながる。
実行犯たちが現行犯で朝鮮側に捕らえれていれば後日の禍根とならなかっただろうに。
閔妃と大院君はフランス革命ならとっくに市民に殺されてた旧体制の弊害。しかし、朝鮮には市民階級がなかった。
朝鮮の王妃を殺害した日本は酷いみたいなイメージを自分も持ってたはいた。たしかにそうだけど、朝鮮の王家は血で血を洗う争いと殺戮を繰り返してて、この暗殺事件が特別に酷いようには感じられなかった。
閔妃暗殺事件を日本で知ってる人が少ないのは、毎日爆弾テロが起こってる国のテロ事件がもはやニュースにならないのと同じことかもしれない。
CIAもKGBもMI6もモサドも、中共の工作員も、きっともっとひどいことを世界中でやっている。北朝鮮の拉致とテロが閔妃暗殺より酷くないとは思えない。
明治以降の朝鮮史は日本史でしっかり教えるべき。征韓論から日清戦争まで、ずっともやもやしてた部分が晴れた。このぐらい詳しく学ばないと活き活きとイメージできない。
あと、当時のナンバーワン知識人福沢諭吉の朝鮮への絶望と蔑視の目線が酷い。よほど期待を裏切られ続けた末に考えを変えたんだな。頭のいい人の意見にもいちおう耳を傾けたい。
この本は自分にとても多くの事を教えてくれた。質が高いと感じた。広くオススメする。
この本を読んだことで、閔妃が最初に産んだ男の子が鎖肛という先天的な欠陥で生まれてすぐに死んでしまったことを知った。このときの対処法においても大院君と閔妃は対立したらしい。
鎖肛とは直腸と肛門がちゃんと繋がってなく排泄できない状態で、古代ギリシャローマから知られているらしい。19世紀中ごろに初めて手術で治療できるようになり、1970年代にはありふれた手術として確立。
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