2019年12月26日木曜日

中川右介「戦争交響楽」(2016)

中川右介「戦争交響楽 音楽家たちの第二次世界大戦」(2016 朝日新書)という本があるので読む。

この中川右介という人の書いた「カラヤンとフルトヴェングラー」という本を10年ちょっと前に読んだのだがとても面白かった。
フルトヴェングラーというと今の60代以上の人にとってはレコードが神格視されたほどの指揮者。この人がカラヤンという若き才能の芽を摘もうとしていた政治的かけひきなんかを描いていてショックな内容で面白かった。

で、この「戦争交響楽」という本は、クラシック音楽家側から見たナチ党の歴史を、ヒトラーが首相に就任し第三帝国が崩壊するまでのトピックを淡々と列挙して教えてくれる。

自分、10年ほど前まではよくクラシック音楽に関する本を読んでいたのだが、最近はまったく読まないし、クラシック音楽もほとんど聴かなくなった。周囲にクラシックを聴く人も興味を持つ人もいない。本を読んで得た知識を話す人もいないw ナチスと第二次世界大戦のヨーロッパを学ぶ目的として読む。

フルトヴェングラー、トスカニーニ、ワルター、カラヤン、のほかに、R.シュトラウス、E.クライバー、クレメンス・クラウス、フーベルマン、クレンペラー、シェーンベルク、A.シュナーベル、カザルス、ショスタコーヴィチ、ベーム、などなど、クラシック音楽に慣れ親しんだ人なら誰でも知ってるビッグネーム他、総勢約100名の名前が登場。

自分、この本に出てくる音楽家たちを「よく知ってる」から「なんとなく名前は聴いたことがある」レベルの人まで、ほぼだいたい知っていて逆にびっくり。昔はそれだけクラシック音楽を聴いていたってことだ。

ナチスの反ユダヤ政策がドイツ国内とヨーロッパ楽壇の人々にどのような影響を与えたのか?人事とポストは?何を発言しどう行動したのか?そのときのコンサートプログラムは?ひたすら列挙の年代記。

フルトヴェングラーとナチスというと「ヒンデミット事件」が有名。自分はなんとなくしか知らなかった。この本を読むと、ユダヤと関係なくただ単にヒトラーがヒンデミットの音楽がなんとなく嫌いだっただけのようだ。その理由はわからないけど、側近たちもなんとなく忖度。

ヒトラーが総統の地位につくとユダヤ人演奏家や指揮者はドイツを追われる。トスカニーニはユダヤ人ではないけど、反ファシズムでドイツを嫌いドイツ国内で指揮活動を続けるフルトヴェングラーを「第三帝国で指揮してるやつはナチ!」と罵る。

この本によるとフルトヴェングラーは政治的な感覚がなく状況の認識ができない人で空気の読めない天然w 優秀なユダヤ人演奏家たちが次々とドイツを離れる理由がよくわかってなかった様子。
反ユダヤ政策をとるドイツは世界から異常な国だとみなされていた。フルトヴェングラーとベルリンフィルはヨーロッパ各地で抗議行動に遭っていた。

フルトヴェングラーは愛人たちとの婚外子が少なくとも13人いたらしい。なので亡命ができなかったらしい。養育費のためにドイツ国外での指揮活動を頑張った結果、ナチスの広告塔と見なされてしまう悲哀。

30歳の新進気鋭指揮者カラヤンが、ヒトラー総統の好きな「ニュルンベルクのマイスタージンガー」をヒトラーご臨席で振る。総統お気に入りの歌手が歌いだしを間違えた。生意気にも暗譜で振ってたカラヤンはオーケストラを立て直すのに手間取り、ヒトラーに嫌われた…、というエピソードを初めて知った。

あと、クナッパーツブッシュは長身でドイツ人らしい風貌をしていたのに、その音楽性をヒトラーから嫌われたため重要ポストを任されなかった…というのも初めて知った。

この本はショスタコーヴィチとスターリンにもページを割いている。ショスタコーヴィチのオペラ「ムツェンスク郡のマクベス夫人」もスターリンの不興を買い、ショスタコーヴィチでなく擁護したゴーリキー(逮捕、獄中死)、演出家メイエリホルドの逮捕処刑。当局の意図がわからなすぎて怖い。

全体主義国家ソ連で起こっていた大テロルと粛清はナチスドイツよりも恐ろしい。キーロフの暗殺、ジノヴィエフ、カーメネフの粛清、トゥハチェフスキー元帥ら赤軍幹部8名の逮捕と反逆罪での裁判、深夜の銃殺刑。そして赤軍大粛清。スターリンは10万人規模の恐ろしいスケールで同胞を殺してる。ちゃんと計画的に反乱クーデターやってスターリンを殺しておいてほしかった。

イタリアとオーストリアは反ドイツ反ナチスが強かったって初めて知った。ドイツの国威発揚バイロイト音楽祭に対し、ザルツブルク音楽祭はオーストリアがドイツに併合されるまで反ナチスの砦だったってことも初めて知った。

この本は1930年代のヨーロッパの知らなかった知識をたくさん教えてくれた。読み終わってすごく満足感が高い。これはクラシック音楽に多少でも関心のある人は手元に置いておきたい一冊かもしれない。強くオススメする。

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