2016年6月1日水曜日

柳田邦男 「空白の天気図」(1975)

ノンフィクション作家・柳田邦男の本を初めて読んでみた。

昭和20年9月17日の広島を、後に枕崎台風と呼ばれる台風が直撃。原爆投下から1ヶ月の傷ついた広島をさらに壊滅させた悲劇のドキュメンタリー。

自分は10年ほど前、ラジオ天気図を描くことに熱中した時期があったw そんなこともあって以前から気になっていたテーマの1冊。

この本ではまず、大隅半島枕崎町の測候所での、前例のない風速と中心気圧の台風が上陸したところから描かれる。毎日継続的に決まった正しい方法で観測を続ける所員たちの熱意をクローズアップ。

日本の気象の分野での名物的人物だった岡田武松、藤原咲平といった中央気象台所長も登場し、戦前戦中の気象観測に携わった人材たちを紹介。

そして運命の8月6日、重症を負った仲間を介抱し看病しながらも観測を続けようと努力し、収集したデータを中央に送ろうと奮闘。原爆投下直後の広島の街へ、電報を送ることの可能な郵便局を求めて歩く…。

ここ読んでいて「この非常時に何を…」と思うのだが、この時代の人たちは現代人とは違った教育を受けている。気象台や測候所で働く技師や助手は科学のエリートだったのだが、全体主義のために、自分に課された任務を全うするために、放射能の街をさまよい歩き原因不明の原爆症を患う。

終戦直後、も広島気象台も甚大な被害を受けながら観測業務を続ける。今日明日を生きるのに大変なのに、こんな状況でも働く?!そんなことやってる場合?強い向かい風が吹いているって理由だけでも会社は休んだっていいはず…って自分は思う。

9月17日の夜9時から10時、熱線に焼かれ酷い火傷を負いながらも生き残った人々を、ケガ人と病人を抱えても治療もママならないままバラック屋根でなんとか生きていた人々を無慈悲な台風が襲い掛かる。ここ、読んでいてつらかった。広島という街は大変な悲劇を刻んでいる。

原爆投下という事態を、物理学と医学から調査しようと現地に乗り込んでいた京都大学の調査班が宮島の対岸にある大野陸軍病院で、土石流災害に遭難していたって事実を、この本で初めて知った。台風は優秀な学者たちの命をも奪っていた。

あと、中国新聞は生き残った社員たちが原爆投下直後から精力的に取材をしていたのだが、疎開先が濁流に飲まれ、輪転機と膨大な取材の記録が失われた。現存していれば一次資料として大変に貴重なものになっただけに痛恨。

そして「黒い雨」についても気象台の所員たちは、何か異常な熱意に駆られて、広範囲を脚で聞き取り調査に向かった。この膨大で精細で科学的な調査報告がとても貴重。

GHQは連合国側に不利になるような調査と発表を禁じた。広島の被爆に関する調査や展示を被害者コスプレみたいに言う某国某勢力がいるようだけど、日本人の犠牲と日本人の手によって収集されたあらゆる調査データは世界の誰にも教えずに、日本だけが保持して日本人のためだけに活用すればいいさ。

この本は台風被害以上に原爆の影響についても多くを語っている。まったく感情的でなく、淡々と科学的調査への献身的な熱意がテーマの本だった。すべての学生にオススメできる1冊。

あとがきもちゃんと読むべき。よくぞ残ってた!っていう貴重な資料と、当時の関係者をわずかな手がかりから捜し出し、証言を聴いて回った柳田邦男の執念に感心。

まとめて多くの人が死ぬ、そんなことがこの国は異常に多くないか?って最近思う。

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