2016年2月21日日曜日

松本清張 「砂の審廷 小説東京裁判」

いつものように古本をあさっていてこれを見つけた。「?!」、自分はいつも文庫本の松本清張の場所をチェックするけど、この本は初めて見た。

松本清張 「砂の審廷 小説東京裁判」(ちくま文庫)だ。

2008年7月に出たものらしい。定価は760円だが、値札は460円だ。うーん、文庫本としては高いな。だが、ちくま文庫は見つけたときに買っておかないと、後で読みたくなっても見つけるのに苦労するので買って帰った。

1970年から1971年にかけて別冊文芸春秋に連載されたもの。松本清張全集には収録されているけど初の単行本化?

この本、「小説東京裁判」ってことになってるけど、大川周明(1886-1957)のみに焦点をあてた一冊。じゃないと東京裁判はとても1冊に収まらない。

清張は、たまたま古本と一緒に持ち込まれた、鎌田義孝なる人物による、昭和20年の日記が書き込まれた個人ノートから引用して書き始める。
この人物は興亜院の幹部で、当時のVIPたちと会ったりした内容が書き込まれていた。
ここに書かれている「先生」なる人物こそ大川周明だ!

東大でインド哲学を学んだ後、参謀本部でドイツ語翻訳などをして過ごした後に東亜経済調査局、満鉄調査部を経て拓大教授。植民地政策の研究でアジア開放と日本改造思想を抱く。「日本二千六百年史」を書いて大ベストセラー。軍人たちに大きな影響力を持った。三月事件、十月事件、五・一五事件に関与し服役。この経歴によって、民間人の思想家として唯一人A級戦犯として起訴されることになる。

なんとこの人は英語、仏語、独語、ラテン語、サンスクリット語、アラビア語で読み書きができたという…スーパー知識人。コーランも日本語に翻訳した。

大川は山形庄内の出身だけど、神奈川県愛甲郡中津川に住んでたんだな。寺みたいに立派な家に夫人とお手伝いさんと三人だけで住んでいた。なんと大川邸はもとは藤田組事件で知られる熊坂長庵の家だった。

「小説」ということなので清張は、大川の弁護を担当した弁護士と事務員の女性を登場させて、ふたりに会話をさせて東京裁判と大川をテーマに語っていく。
大川、長身痩躯で身なりに気を使う人だったのに、巣鴨ではいつもパジャマ…。なんか、変だ…。

今でもよく耳にする「戦争犯罪」という言葉、実は歴史は古くない。第1次大戦後のベルサイユでも使われていない。ナチス・ドイツの幹部たちを裁いたニュルンベルク裁判のために1943年のモスクワ宣言、ロンドン協定で英米ソ仏の戦勝国が新たに作った概念。
政府が崩壊したドイツと違い、日本は沖縄だけで地上戦があったものの、米兵の上陸を許してない段階でポツダム宣言を政府が受け入れ表明した。日本とドイツは違う。

戦勝国が敗戦国の「戦争犯罪」を裁くという、いちおう法に基づいているようでそうでない、戦勝国の報復への異議は当初からあった。だが、清張はこの意見に冷淡だ。
でも…、法の不遡及についてはどうなの?

この本では清張が古本屋から手に入れた「安田恵子」なる人物の残した書類、昭和21年3月のヘルム検事による大川訊問からの引用に多くのページを割いている。
なぜインド哲学学生が昭和維新をとなえる国粋主義者へと変わっていくのか?この本はその過程のヒントを与えてくれる。

北一輝は大川をスサノオと呼び、大川は北を魔王と呼んでいたw この二人は考え方の違いから袂を分かつ。
大川は日本とアメリカがいつか戦争をすることをずっと前から予言していた。が、中国から軍を引き対米戦争を避けるように行動もしていた。その件で東条とも1940年の段階で決別。

法廷で東条の頭を叩くシーンは昭和21年5月3日。奇声と乱暴。日米の医師の診断によれば「脳梅毒」の典型的な症状。でもって入院。そして不起訴。
だが、結審のころに全快。コーラン原典の和訳も完成。タイミングがよすぎて演技と疑う人が当時から多い。

解説を書いている色川大吉によれば戦前は北よりも大川のほうが名声が圧倒的に高かったという。だが、東京裁判での狂態に若者たちは幻滅していった。大川は知の巨人ではあったのだが、日本人から忘れられ、その理論は世界になんら影響を与えていない…。

大川周明はまだまだ謎の多い人物。
北一輝は三國連太郎で、徳富蘇峰は西田敏行で映画やドラマになってるので見た。大川のドラマも見てみたい。NHKでやってくれないか。

2 件のコメント:

  1. 小林正樹のドキュメンタリー「東京裁判」の大川のあのシーン。友達によれば。これはバカのフリ。世間じゃそういうことになってるんだとか。
    けど、自分にはフリなのか本当なのかはわからなかった。気持ち悪くも可笑しいグロテスクなシーンだった。

    東京裁判は、4月29日の起訴(昭和天皇の誕生日)
    平成天皇(当時の皇太子)の誕生日12月23日に7人の絞首刑が執行されています。
    戦犯を日本人が裁かなかったのだから、これは「裁判」ではなく、「制裁」だったと思っています。

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  2. あれは戦争の悲劇と喜劇を象徴するシーン。自分もどっちかなあ?って判断つかない。「東京裁判」ぜんぶは見てないけど。

    きちんと降伏の手順踏んでる以上、この仕打ちは国際法違反って思うけど、誰も納得できる説明をしてくれない。

    軍人と外交出身の政治家7人が犠牲になったけど、教育界、官僚、財界、マスコミ、警察はお咎め無し。子どものころから疑問に思ってるけど、これも誰も答えてくれない。

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