2014年11月9日日曜日

植村直己 「北極圏一万二千キロ」(1976)

植村直己という人は板橋区仲宿に長く住んでいたということで、板橋区蓮根(瑛太の地元)に記念館がある。自分は前を通りかかっただけで中に入ったことがない。さて、自分はこの人の書いた本をまだ読んだことがなかったので、友人の本棚から借りて読んでみた。

1974年12月にグリーンランド・ヤコブスハウンをたった一人犬橇で出発北上、スミス海峡を渡ってカナダへ、カナダ北部の沿岸地帯を西へ進んでアラスカ・コツビューに1976年5月に到着した前人未到の2冬1年半の大旅行記「北極圏一万二千キロ」(文芸春秋 1976)という1冊。植村直己、35歳ごろ。

この冒険のために植村は1年間グリーンランド最北部の集落に住み、犬橇を現地エスキモーから学んだ。現地の言葉も相当に話せるようだ。近年ではエスキモーという言葉はあまり使われなくなったが、この本ではグリーンランド、カナダ、アラスカすべて「エスキモー」で通している。もちろん各地で言葉も風習も違っている。

犬橇で旅をするためには犬の食料を調達しないといけない。途中で狩りをしながらの旅なのだが、ずっと犬の体力と食料の計算をしながら、天候と次の集落までの距離を筆者は常に心配している。

この本を読んで意外に思ったのが、グリーンランドはこの当時の人口が4万5千人のわりにところどころ集落があるんだなってこと。各地で親切なエスキモーの家に泊めてもらったり食料をもらったりしている。そして、犬も重労働が過ぎると逃げるんだなってこと。

 犬たちもこの冒険の主役のはずなのだが、犬が好きな人は読まないほうがいい。辛くて耐えられないから。エスキモーの人々にとっては犬も家畜。人間が生きるために犠牲になる。
いう事を聞かせるためにはムチや棒で殴り、数百キロの橇を曳かせる。働きが悪ければその場に捨て去られる。乏しい食料にやせ細り、やがてバタバタと疲労凍死していく。やっとのことでたどり着いた村では胴バンドで身体を切って弱って死んでしまった犬が食卓に登った。さすがに植村氏は食べられなかったというが。

南極点を人類で最初に制したアムンゼン隊も最後は犬を共食いさせたというが、死んだ犬を他の犬がすぐに食べてしまうのを防ぐすべもない箇所を読むと、この人は一体何をやってるんだろうか?と疑問もわいてくる。

氷点下30度、40度という屋外では簡単な作業すら大変だ。凍傷自体が死に至る恐怖だし、氷が薄くて海に落ちかけたり、すべての犬に逃げられたり、何度も死に掛ける。時には山を登って越えなくてはならない。犬橇に適した氷ばかり続かない。犬も氷で足を切ったりする。

カナダでは氷点下55度にも遭遇。石油コンロは氷を溶かして飲むためのもので暖房をする量はない。途中に数百キロ、一千キロという無人地帯もあるので航空機をチャーターしたりして食料デポ地も準備。現地の警察や協力者がいてこそ出来ることだが、現地人も驚く無謀な単独の旅。

あと、アザラシ猟って意外に難しいんだなって知った。後半になるまでライフル銃がぜんぜん命中しない。犬も飢えていく。あと、寒さのせいなのか、この人はよく物を橇から落とすし置き忘れて無くす。大事な50万分の一地図もなくす。

旅の間、植村氏は何を食べていたのか?エスキモー同様に生肉ばかり食べている。仕留めたばかりの野生動物の肝臓をつまんでそのまま食べている。カチカチに凍った生肉を食べている。それで健康状態は大丈夫なのか?カナダ編では体調も壊す過酷さ。

1970年代前半のエスキモーの生活が細かく描かれている。アラスカではくじら猟と解体の場面にも遭遇し詳細に書き残しているので貴重なドキュメントといえる。

エスキモーは酒をよく飲むこと、性にオープンなこと、自殺率が高いことは何となく聞いていた。カナダで越夏中に狩りを手伝ったエスキモーの家では、その家の息子が植村氏の猟銃で自殺していることがさらっと書かれている。それ、大変な事態すぎる。

エスキモーから分けてもらったキビア(小鳥のアザラシ漬け)という食べ物のことが出てくる。以前「もやしもん」というアニメで「キビヤック」という発酵食が出てきたときに初めて存在を知った。これは現地でも貴重な食べ物らしい。食に関する箇所をちょっと引用
セイウチの凍った肝臓は、口に入れるとアイスクリームのようにとける。すこし生臭いがうまい。キビアは二十羽くらいしかない貴重な食料だから、毎晩一羽ずつしか食べない。アザラシの脂肪で濡れた羽根を一本一本抜いて、赤裸になったところで肛門に口をあてて内臓を吸いだす。ついで足をむしり、胴にむしゃぶりつき、最後には頭まで食べてしまう。カマンベール・チーズのような強烈な臭いはするが、それぞれの部分に違った味があり、それぞれに美味しいのだ。
活字からイメージするしかないのだが、発酵してどろどろに溶けた内臓を肛門から吸い出して食べるとか、ぜったいにしたくない。カナダではウジ虫がうようよ動く魚の頭まで食べてる……。ま、北極圏という厳しすぎる気候で生き抜くための知恵だな。

あと、現地の古老から聞いた話だと、白熊を仕留めたらすぐに毛皮をはいで肉を解体し、内蔵は犬に食べさせて肝臓は捨てる、ということを教えられる。白熊の肝臓は犬が食べても人間が食べても病気になるそうだ。本当か?

というような現代日本人にとっては驚くべきことが書かれた旅行記。読んでいる間はずっと自分も一緒に旅をしているような感覚。強い印象を受けた1冊だった。
植村直己がマッキンリーで消息を断ってから今年で30年。生きていれば現在73歳。偉人というより奇人だったのかもしれん。

0 件のコメント:

コメントを投稿