深田久弥(1903-1971)の登山エッセイを集めて再編集した「拝啓 山ガール様 深田久弥作品集」(廣済堂文庫 2015)を読んだ。
てっきり山ガールブームのころに出版されたライトな山ガール小説だと思った。しかし、深田久弥?!
朝日新聞社から昭和49年に刊行された「山の文学全集」の第1巻と第3巻を底本としたもの。
深田久弥が50代中ごろの昭和34年~35年ごろの日本各地の登山旅行記。
昔の紀行エッセイを読むことは面白い。明治だったり幕末だったり、中世だったり平成初期だったり。誰の本を読んでもたいてい面白い。
昭和30年代なので自分の経験したことのないものばかり。当時は山ブームでスキーブーム。深田久弥が学生の頃とは登山の様相も様変わりしてたらしい。
深田久弥は石川県大聖町(現加賀市)の出身で、一高から東大哲学科というインテリで登山大好き作家。エリート層の友人たちと山に出かけたり、妻や子どもたちと一緒に日本各地へ登山旅行という裕福な人。羅臼岳で熊にビビるとか、昭和35年ごろも今も日本はたいして変わってないように思える。
だがしかし、
国土地理院の地図でなく「陸地測量部」の地図?!
山小屋のオヤジがシベリア出兵の勇士?!
帰りの終電逃して仕方なく駅前(好摩駅)の宿屋に泊ったら五右衛門風呂?!
「近頃日本のチベットなどと呼ばれている北上山地」といった、普通の人が読み飛ばす箇所にびっくり。
自分の行ったことある場所がさらに興味深い。「皇海山」の頁で、足尾の銀山平の途中にある小滝銅坑は昭和30年代の時点で廃墟だったことを知る。
「御座山」の頁
「アンリ・ルソーだね」と茂知君が空を見あげながら呟いた。「税関吏(ドアニエ)の雲か」と不二さんが応じる。いつの間にか、晴れた空に、ラグビーボールのような大きな雲がポカリと一つ浮かんでいた。気象的にあまりいい兆せではない。
こういう一文を正確に理解するには、アンリ・ルソーの絵を知っていて、山歩きの経験があって、気象学にも多少の知識が必要。こういう一文を学生が性格に理解するのは難しいかもしれない。育った家庭ごとに物事の経験の差が出る。夏目漱石の「ターナーの松」を思い出した。
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