ベルギーの詩人ジョルジュ・ローデンバック(1855-1898)の小説「死都ブリュージュ」を1988年窪田般彌訳岩波文庫版で読む。
BRUGES LA MORTE by Georges Rodenback 1892
もちろんブリュージュに行ったことなどない。自分がこの本を読もうと思った理由はコルンゴルト(1897-1957)によるオペラ「死の都」を聴いたことがあったから。(舞台作品としては未視聴。)
主人公ユーグ・ヴィアーヌ青年は妻を若くして亡くして5年の男やもめ。この人の独白一人称。かぎりない静けさと、生きているという感覚がもはやほとんど感じられないほど単調な生活を求めてブリュージュに移り住む。とはいってもお手伝いさんのいる豪邸暮らし。たぶん働かなくていい階級の名士。
いつものようにふらふらとブリュージュの街を散歩。主人公も死んだような人間だがこの街も死んだよう。
ある日通りで死んだ妻と瓜二つの女性が向こうからやって来るのを目撃。つけていくとそこはオペラ座。リールからやってきた興行。そこで踊り子をしている女性ジャーヌ・スコットが妻に似ているので家に入れる。それは街の噂になるし軽蔑の眼差し。
この話は途中で老家政婦バルブに主人公が変わる箇所がある。厳格なカトリックで修道女として人生を終えるのがささやかな夢。祈りの現場で尼僧から主人の悪い噂を聴かされる。
19世紀末、男やもめの主人が若い女を囲ってるのは、昔の日本の常識から言っても、それほど批判されるほどのことでもない。だが、この老家政婦は「汚らわしい!」と吐き捨てる。
ジャーヌは気の強いアバズレ女だった。ユーグの弱みに付け込み浪費。ユーグも「やっぱ亡き妻にぜんぜん似てない」と感じ始める。
女はユーグの財産を把握したくなる。聖遺物匣の行進をユーグの家で見たいと甘い声でねだる。この女を決して家に居れようとしなかったユーグであったのだが、「じゃあ早朝なら」と認める。
バルブに客が来ることを知らせる。バルブは「まさかご婦人じゃないでしょうね?」とめずらしくたてつく。怒るユーグ。バルブは汚らわしいことはできないと家を出る。このへんの19世紀フランドルの常識はよくわからない。
家にやって来たジャーヌはやっぱり最悪な悪女。妻の遺髪をぞんざいに扱う。ユーグは怒り心頭のあまりジャーヌを絞め殺す…という最悪バッドエンド。
ブリュージュは15世紀の初めにブルゴーニュ公国のフィリップ善良公が宮廷を移してから毛織物業者の集まるハンザ自由都市として繁栄。
最後のブルゴーニュ公死後はオーストリア・ハプスブルク家の所領となり、ハプスブルク家がスペイン王家となるとスペイン領。
17世紀ウェストファリア条約で北フランドルはスペイン領、南フランドルはフランス領。ナポレオン戦争ではフランス領となり、1814年ウィーン条約でオランダ。
1830年にベルギーがオランダから独立すると、ブリュージュはベルギーに編入。そうこうしてるうちに商人たちは流出し、港町アントワープに繁栄を奪われる…ということを巻末解説で学んだ。
小説「死都ブリュージュ」の成功とは裏腹に、「死の都」「灰一色の街」と書かれたブリュージュ市民にとって、詩人ローデンバックの評判は生存中から悪かったらしい。
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