松本清張「黒い画集」の新潮文庫(平成14年第58刷)を一昨年秋に90円でそこにあるのを見つけて買っておいた。やっと読む。
短編とは言えない中編もある7本から成るずっしり重たい一冊。では順番に読んだ感想。
「遭難」(週刊朝日 昭和33年10/5~12/14)
これは110Pほどの中編。前半は鹿島槍ヶ岳付近での山岳遭難手記。銀行に勤める若者が山中道に迷い疲労凍死する。この時点で怖いのだが、後半は亡くなった若者の遺族が遭難したグループのリーダーと一緒に慰霊登山をする。
清張の小説でよくあることなのだが、自分しか知らないはずの秘密を嗅ぎつけたやつがひたひたと後ろから迫ってくる描写と構成が巧み。ジワジワくる焦りと怖さが上手すぎる!
これ、映画化もされたそうだが、何で今まで読んでなかった?!というぐらいに傑作。今まで読んだ清張作品の中でもかなり上位にくるかと思う。ラストは予想外の展開。
「証言」(週刊朝日 昭和33年12/21~12/28)
これは20Pの短編。愛人を囲ってる後ろめたさから、強盗殺人の裁判で被告のアリバイに関して偽証をしてしまうという、嫌な後味しかしない短編。これはわりと清張作品でよく見るような作風。
「天城越え」(昭和34年11月サンデー毎日特別号)
この短編(35P)を読むためにこの本を買った。田中裕子で映像化もされているらしい。清張の短編として有名作なのだがまだ未読だった。
小さな印刷工場を営む主人が警察から資料の印刷を頼まれたことから、30数年前の大正15年6月末、人家もなく暗い天城峠の一本道で起こった事件を回想する。
流れ者の土工、娼婦、そして16歳の少年。まるでソフォクレスの「オイディプス王」のように天城峠で運命が交差。
これも自分しか知らないはずの秘密を嗅ぎつけた老刑事が登場。相手がどこまで秘密を知っているのか?わからない状態で対峙する緊張感と不安、不気味さ。
こいつも短いながら傑作だと感じた。さすがだという巧みな構成。
「寒流」(週刊朝日 昭和34年9/6~11/29)
123Pの中編。支店長と常務、そして料理屋の未亡人女将の三角関係。同じ大学で同期なのにこちらは使用人、しかも愛人まで狡猾な常務に取られそう…。
常務派と副頭取派、探偵、総会屋、ヤクザ、入り乱れてダマシあい。「半沢直樹」もこんな感じ?見てないけど。
独り涙の主人公、最後の最後にひらめいたカウンターパンチとは?!
色と欲。昔の人は他に楽しみがなかったのか?嫌な世の中だ。ぶっちゃけ全員不幸になればいいのにって思う。
「凶器」(週刊朝日 昭和34年12/6~12/27)
これは39Pの短編。冬の田んぼで発見された老人の死体。撲殺に使用された凶器は何か?
これは読めばほとんどの人が途中でわかる。刑事たちは気づいてないけど読者にはほのめかされる。日本ならではの凶器。
「紐」(週刊朝日 昭和34年6/14~8/30)
117Pの中編。多摩川河川敷で発見された中年男性の絞殺死体。刑事たちが妻のアリバイを調査。そして生命保険の調査員が引き継ぐ。これぞ松本清張という社会派リアリズム。読む2時間刑事ドラマ。
「坂道の家」(週刊朝日 昭和34年1/4~4/19)
160Pもあるのでほぼ長編。長年の堅実な商いで貯めた金をキャバ嬢につぎ込んで転落していく中年男の話。しかもキャバ嬢にはヒモ男つき。湯水のようにお金を巻き上がられていく。
純情な中年男が若いプロ女に手玉に取られる。それはまるで落語の「三枚起請」に出てくる女のような言い訳の連続。
女のために借りた一軒家の風呂場で心臓発作を偽装し殺される。社会派ミステリーというよりは社会派ホラー。読んでいて嫌な気分しかない。
清張はよほど女性から嫌な目にあわされたに違いない。すべてがそんな作風。
この本に収録された作品のうち、自分がオススメできるのは「遭難」と「天城越え」のみ。
今回を持ってしばらく松本清張からは離れようかと思う。自分もいい年になってきて、書かれていることが他人事じゃなく感じるようになってきた。松本清張はほぼすべての作品が読んでいて楽しさと爽快感がない。
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