2018年7月10日火曜日

吉村昭「陸奥爆沈」(昭和45年)

吉村昭「陸奥爆沈」(昭和45年)の昭和54年新潮文庫初版を手に入れた。これは「羆嵐」と一緒に購入。100円。

この本を読むまで、大正10年のワシントン軍縮会議で締結された条約に間に合うように建造艤装された「長門」と「陸奥」の2艦が、後に「大和」「武蔵」ができるまで帝国海軍の最新鋭2大戦艦だったことを知らなった。

そんな巨大戦艦が昭和18年6月8日正午すぎに、瀬戸内海柱島泊地で謎の爆発を起こして沈没。艦長を含む乗員1121名が死亡という大惨事。生存者わずか353名。遺体収容はわずか180体…。

だが戦時中のために一切が極秘。遺体の収容焼骨も浜辺で秘密のうちに行われ、国民はまったく知らないし海軍でも上層部のみしか知らない。島の住民も漁師も大音響を聞いたことも一切喋れない。手紙も封書は送れなくなる。戦争とは目と耳をふさぐしかなくなること。

海軍の遺族はただ殉職とだけしか知らされない。それが戦争中の日常。吉村昭「戦艦武蔵」も読んで虚しかったが、陸奥の沈没は戦闘中のものでなく事故だったために、さらに虚しい。なんというムダな悲劇。

敵潜水艦の攻撃の可能性は考えられない。査問委員会による原因調査は火薬と砲弾の自然発火や漏電による火災事故を疑うのだが、検証実験等によってひとつずつ因果関係を消していく。すると残る可能性は人為的なものか?

自分、この本を読んで日本海海戦で旗艦だった三笠も凱旋したその日に火薬庫の爆発で爆沈していたことを初めて知った。帝国海軍の栄光の歴史で明治38年の三笠から大正7年の河内まで、7件の爆沈事故を起こしていたのだが、どうやらそのすべてが人為的な放火だったらしい…ということに吉村氏は気づく。この本の中盤はほとんどそれの列挙。

規則だけ厳しく人を人として扱わない酷薄な組織である軍隊では、孤立し精神異常を起こす兵員の存在が明治からあった。上官への怨恨から社会と組織への自暴自棄な反撃。そして火薬庫に火をつける。
今も社会面でよく目にする「むしゃくしゃしてやった」「誰でもいいから殺そうと思った」という事件とまったく同じだな。

陸奥にも容疑者の存在が浮かび上がった。金遣いが荒く艦内で数々の窃盗事件の容疑をかけられていたQ二等兵曹の存在だ。

状況証拠しかないが、身辺へ捜査が迫って自暴自棄になったQ二等兵曹には犯行が可能だったっぽい。アクセスが厳重に制限されていた火薬庫にも入れた。

吉村氏は当時の憲兵隊で捜査を担当した人が生存していないか探したのだが、すでに亡くなっているか、捜査に関係していないという人ばかりで行き詰まった。
Q二等兵曹の死体が発見されていない。犯人という証拠もないがそうでないという確証もない。だが、生存した乗組員でも「やつしかいない」という人もいる。かぎりなく黒い印象を受けた。

陸奥の件は機密扱いだったために生存した兵員たちもさらに最前線へと送られ、終戦時まで生き残った陸奥乗組員は100名にも満たなかった…。武蔵のときも同じだった。機密の船に乗るということは人生を狂わされるということ。海軍中枢のやることは酷い。ぜったいに軍と関わってはダメだ。

吉村昭がこのドキュメンタリーを書き残してくれなければ自分はずっとこの大惨事を知らないままでいただろうと思う。全体像が不明なまま歴史の闇に葬られるところだった。戦争にはきっとそんなことがたくさんある。

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