その店にはこの時代の横溝角川文庫が20冊ぐらいあって歓喜したのだが、どれもとても状態が悪かった。以前の所有者がスナック菓子でもボリボリ食いながらページをめくったのか?ところどころ黄ばんでいて汚い。そんな中から2冊のみ選んだ。その1冊が「死仮面」。100円で購入。
この杉本一文イラストカバーの折り返しにストーリーのあらましがこう書いてあった。
昭和23年秋、「八つ墓村」事件を解決した金田一耕助は、岡山県警へ挨拶に立ち寄った。ところがそこで、耕助は磯川警部から、不気味な死仮面にまつわる話を聞かされる。ここを読んで状態が悪くても買うことを決意。実は自分、金田一シリーズは昭和30年代以降の作品はあんまり好まない。戦後直後の悲しいものが好き。
実はこの「死仮面」という作品は1冊の本にまとまるまでにとても面白い経緯をたどった。横溝正史のファンならみんな知ってることらしい。
巻末の解説を中島河太郎氏が書いているのだが、この人物こそが今日この本を読めるようにしてくれた功労者。
昭和50年代に横溝正史作品のほとんどが角川文庫に収録されていった。昭和24年に名古屋で刊行された「物語」という雑誌に金田一耕助モノの未刊の長編作品が連載されていたらしいことが知られていたのだが、こいつが国立国会図書館に連載全8回ぶんのうち7回しか現物がなく、連載第4回ぶんがまったく不明。
当時の地方誌は東京では流通しいなかったらしい。雑誌といっても粗悪な紙の冊子で露店で並べて売られていたもの。出版社にも現存しておらず地元図書館にもない。近代文学館、大宅文庫を捜してもない。個人蔵で持ってる人がいないか呼びかけても反応がない。しかたなく中島氏が第4回分を想像で補筆して1冊にまとめ上げた。
当時の横溝正史は「悪霊島」執筆中で、もう「死仮面」を書きなおす気力がなかったらしい。そもそも本人がこの作品を気に入ってなかった?
他の作家によって補筆される。それ、モーツァルト「レクイエム」におけるジェスマイヤー、プッチーニ「トゥーランドット」におけるアルファーノのような状況。困難な仕事になることが予想される。
で、読んでみた。事前にどこが中島氏の補筆による章なのか知らずに読んだのだが、どこも気にならずに読み終わってしまった。つまり、まったく問題なく読めた。そもそも横溝正史の文体はとても平易でそれほど個性はないからな。この作品は中学生でも余裕で読めるだろうと思う。
野口という男が、停車場で倒れている身元不明女を拾ってきて岡山市の戦災バラックみたいな場所で3か月を一緒に過ごした後女死亡。死の間際にデスマスクを作ってある場所へ送り届けてくれと頼まれた…という口述書から始まる。
その後死体が腐乱。周辺近所が臭いと騒ぎ出して露見。死体を凌辱した跡があるということで男は取り押さえられ精神鑑定へ。移送中に旭川へ飛び込んで逃走。
冒頭のこれがなければ、女子高の寄宿舎が舞台の凡庸な遺産相続をめぐる殺人事件なので、まったく雰囲気が異なった作品になっていたに違いない。ヒロインは女子高生。ジュブナイル金田一っぽいテイスト。
けど、金田一さんから話される事件のあらましに、旭川に飛び込んで逃げた野口のその後の行動の記述がまったくなくて説明不足に思った。
この「死仮面」という作品は後の1998年に、春陽文庫から「完全版」が出ている。ってことは未発見だっ連載第4回ぶんが発見されたってこと?!
春陽文庫が悪名高いところで(?)、その後まったく出版されずに入手困難な状況が続いている。中古マーケットで高騰しているらしい。自分はマニアでないのでもう「死仮面」にはそれほど関心ないのでどうでもいいけどw ぶっちゃけ75点ぐらいの出来のように思う。
角川版には「上海氏の蒐集品」という作品も収録。昭和55年に「野生時代」7月号と9月号に2回掲載された横溝正史生前に発表された最後の作品。だが、解説を読むと昭和40年ごろに書かれたものらしい。
東京郊外の武蔵野の風景が、団地建設で変わり始めた昭和30年代なかごろ。足が不自由で記憶喪失の40代画家の男が知り合った近所の女子中学生との交流を描く。
この作品が「死仮面」とまったく違う味わい深い文学作品。松本清張の短編っぽい。戦争に人生を翻弄された男の短編映画っぽい。こちらの方が断然好き。
カワイイ中学生だった女の子が高校生になって、団地建設現場監督の40男と連れ込み宿にいる場面を目撃…って、それ辛いw
この悪女ともいえるコケティッシュな魅力の少女を、14歳から18歳ぐらいまで演じられる女優が思いつかない。今なら広瀬○ずとかいいかな?
「上海氏の蒐集品」はもっと知られていい良い作品。読者だけにしか真実が見えない鬱系社会派サスペンス。
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