2015年1月13日火曜日

沈黙のファイル「瀬島龍三」とは何だったのか(1996)

ルポルタージュ沈黙のファイル「瀬島龍三」とは何だったのか(1996)の新潮文庫版はどの古本屋でもたいてい1冊は置いてある。しかもたいてい108円。それだけよく読まれた本なんだろう。出版から18年、自分もようやく手にとってみた。このテーマはわりと興味がある。

戦後50年経って戦争当時の権力中枢にいた人々が次々と鬼籍に入っていく時期に時間と戦いながら、共同通信社会部の記者たちによって、瀬島龍三と関係者へのインタビューした内容をまとめた1冊。教科書にまったく書かれていない戦中戦後史の教科書。

瀬島龍三は陸軍士官学校、陸大を優秀な成績で卒業し、天皇陛下から軍刀を贈られた超エリート。大本営参謀部作戦課に配属される。日本の若者たちが兵隊にとられて前線に送られるのだが、エリートたちは後方で図面を見て命令書を書いていればいい。老人が多かった帝国陸軍の中でも特に若くて頭のキレまくる優秀な将校。すべてにおいて次の展開が見えてしまい、会議の要点をまとめるのが得意。

満州で終戦を迎え、シベリアに11年も抑留されるのだが、帰国後に伊藤忠に入社し、防衛力配備計画でFX、バッジ・システムの選定やら、インドネシア・韓国との賠償ビジネスで伊藤忠を肥えさせていく。やがて政財界を裏で操るキーマンになっていく。

頭脳明晰で超優秀な商社マンで中曽根政権などで外交ブレーンを務める。毀誉褒貶のある人物だが、この本では当然に批判的に書かれている。服部卓四郎、辻正信といった中堅幕僚が太平洋戦争開戦の責任者。史上最悪の官僚組織だった帝国陸軍を日本は今でも引きずっている。過ちを認めず、ノモンハンもガダルカナルも一度進んだ道は引き返せない。それが官僚たちだという。

戦後の日本の親たちは戦争の記憶から子供に「勉強しろ」って言うけど無意味。「勉強する子」じゃなくて「勉強しなくても勉強ができて要領よく立ち回る子」が求められて結果を出す。瀬島も「カイジ」みたいな人間の極限状態のシベリアの収容所をうまく行き抜く。就職して財界のトップに上り詰める。瀬島は戦争もシベリア抑留も生前ほとんど話さなかったけど、関係者の話をつき合わせていろんなことが分かっている。

だが、戦前の教育を受けた瀬島たちに「戦争への反省がない」って腹を立てても無駄だろうなと思う。40そこそこで残りの人生を慰霊だけやってろって強制するのもどうかと思う。エリート軍人として未来がなくなって、シベリアに10年以上抑留されて苦労したら誰だって残りの人生は好きに生きたいという気持ちは理解できる。シベリア抑留の悲惨さはなんとなくしか知らないテーマだった。今まで避けていたのかもしれない。初めて知ったことだが、シベリアで多くの命が消えたのは飢えと寒さだけじゃなかった。

インドネシアと韓国の賠償ビジネスの箇所は読んでいてムカムカする。巨額の賠償金が、戦争で傷ついた人々にでなく、ひも付きビジネスだったために日本の商社を大きく肥えさせ、「俺にもコミッションをよこせ」と割り込んでくる現地のヤクザ政治家たちの懐に入った。

松本清張の「日本の黒い霧」でおなじみの「ラストボロフ事件」も詳しく書いてある。日本では独立後も米ソのスパイ合戦が行われていた!日本は今もスパイが野放し。瀬島はソ連のスパイとも思われていた。

ジャリコーワ停戦会談でソ連が日本の将兵をシベリアで労働力として使う「密約」があったのでは?という説があったことを初めて知った。残された電文、公文書、関係者の著作、証言から否定されている。スターリンはドイツ兵も国家建設のために奴隷のように使役した。日本もソ連の捕虜を731で殺したんだとするとソ連の鬼畜ぶりをどうこう言えないけど。満州の最前線に取り残された女性と子供の悲惨さには胸がつまる。この本は戦争の悲惨さも伝える。中高生に読ませてもいいと思う。

1 件のコメント:

  1. 服部、辻といった中堅が戦争開戦の責任者。最悪の官僚組織帝国陸軍を日本は今でも引きずっている。過ちを認めず、ノモンハンもガダルカナルも一度進んだ道は引き返せない。それが官僚。停戦会談でソ連が日本将兵をシベリアで使う「密約」があった説があったが、否定されている。スターリンはドイツ兵も奴隷に使役した。日本もソ連の捕虜を731で殺したけど。満州に取り残された女性子供の悲惨さ。この本は中高生に読ませていい。全て同感です。教訓は国民市民が賢くなるしかない、蛇足ですが。

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