2014年11月19日水曜日

松本清張 小説帝銀事件(1959)

この本も長い間探していたのだが、文庫本をようやく108円で見つけたので読んだ。
松本清張のノンフィクション「小説帝銀事件」の講談社文庫1980年の第1刷版。きれいな本じゃなかったけど悪くもない。

昭和23年1月26日の午後、帝国銀行椎名町支店にふらっとやってきた厚生省技官を名乗る中年男、「近所で集団赤痢が発生したから予防薬を飲んで」と偽り行員と小間使い16人に青酸化合物を飲ませ、現金と小切手を奪って立ち去った。

12人が死亡したという、世界を震撼させた戦後最悪の凶悪事件。事件から7ヵ月後に意外な人物が北海道で逮捕される。日本画家の平沢貞通だ。

自分は昔「日本の黒い霧」を読んで池袋駅から歩いて椎名町まで行ってみたりした。なにせ終戦直後の占領下で起こった事件なので当時の雰囲気はまったく残っていなかった。

山手通りもあんな広く車がびゅんびゅん走ってなかったし、当時の庶民は木造長屋に住んで井戸水で生活していた。帝銀椎名町支店も2階建て木造民家で営業していた。

ただ、平沢供述に出てきた長崎神社にたたずんで椎名町を眺めて帰ってきただけだった。豊島区長崎に住んでいた以前の同僚によると、地方で宿帳に「豊島区長崎」と書くだけで、年配の主人から「帝銀事件のあった場所だ」と言われたりするというから、当時を知る人にとっては強い印象を残した大事件だった。

松本清張が「小説帝銀事件」を書いたのは昭和34年だから事件から11年しかたっていない。だいたい昭和34年自体がイメージできないほどはるか昔。清張は自身を仁科という新聞論説委員を主人公に置き換えて公判記録など資料を読み解く。この時点ですでに最高裁で死刑が確定している。

帝銀事件に少しでも関心があれば、この事件は731部隊と関係があって平沢は無実って印象を抱いていると思う。自分もそう思っていた。平沢が警察から注目されたのは「松井名刺」によるのだが、平沢はすべての物的証拠と間接証拠でかなりの高得点を出していることを知った。

アリバイがあいまいだし、コルサコフ症による妄想虚言癖があり、すぐバレる嘘をついて平然としている。詐欺事件の前科もある。なによりもお金に困っていながら持っていた大金の出所を弁護士にも話そうとしないのが痛い。「春画を描いていたのでは?」という説もあったそうだが、平沢は完全に否定。

だが、清張は死刑になるよりも芸術家としての命を守りたいと願うなら、それを否定するのも理解できると言っている。それに直接証拠がどれも弱い。松井名刺も残り22枚の行方がわからなければ平沢は1/22の容疑者でしかないし、筆跡鑑定も目撃者の記憶も信頼できない。

日本画家平沢よりも怪しい容疑者は他にもいたらしい。駒込ピペットを使った薬剤のとりわけかたの手際と毒物の知識。16人を手元に掌握統制して、何の罪もない女こどもにも平然と毒を飲ませる冷酷非道さからは「硝煙の臭いがする」と清張も言う。

平沢は権力からすると「それっぽい」という理由だけで選らばれた生贄的死刑囚。歴代法務大臣の誰も刑の執行命令に署名しないまま1987年に八王子医療刑務所で平沢が獄死してから四半世紀たつ。権力は残酷なことをする。

関東軍防疫給水部(731部隊、石井部隊)、九研、六研、中野学校といった防疫、医療、薬学関連の軍関係者の線での捜査が占領下の警察にはできなかった。青酸ニトリルの線には清張にもそれ以上踏み込めない。GHQから圧力があったことだけほのめかす。

アメリカは日本と違ってヤバい書類を燃やさない。戦後何点か新たな事実がGHQが公開した文書からわかってきてはいる。だが、真犯人は永遠に不明なままじゃないだろうか。

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